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人生日々すれ違い通信 season2

元バツイチが日々思う事を書いたりハンドメイドしたり買い物で散財したりするよ。

とりとめなく職歴とバイアスと信頼の日記

日記

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先日友人と話していて、仕事で人になにかを教える時に信頼関係が大事で「この人が言うことだから信じていい」という状態を作る必要がある。人によっては、信じる根拠が学歴や職歴になるという話を聞いて、なるほど!と目がさめる思いでした。

新卒と職歴の話

新卒のひとが就職して働くにあたって、最初に名のある会社に勤めるとその後の転職でも有利になる傾向にあるよなーと最近思ったりしています。appleで働いたことある人は信頼できるし採用していい、といったようなバイアスです。
でもよく考えると、就職活動のセンスと職能はちょっと違うので、最初の就職で判断されるのはしんどいなと考えたりしました。

自信をつけて自分を伸ばしていく話

職歴がある人は確かに経験を積んでいて能力が高かったりしますが、経験だけではなくて、経験を積んで得た心持ちの方が大きいのではないかと私は考えています。世間的に評価の高い仕事や自分がよい!と思うなにかに携わることによって、自分に自信をつけて能力を高めていく流れが作られることが大事なのではないかな、と。

自信をつけて能力を高める方向に動き続けた結果、同じ年齢の人間と職能の差が開いていのではないかと分析しています。結果として、社会的に評価が高い会社に勤めたことのある人は能力が高くなるので、転職市場において評価も高くなる傾向にあるのかなと。

職歴の説得力

自分が詳しくない分野について人から習うときに、「この人の言うことははたして正しいのか」ということを判断する材料が少ない時があります。そういう時に教える人の職歴や携わったプロジェクトによって「名のある仕事をしていたなら信頼できる」という話になっちゃうんだろうなーと思っています。

私は他人から「ほほう」と思われることがある、すこし愉快な経験を積んだことがあります。
特にそういった経験について話さずに人にあるものごとを教える機会があったんですが、こいつあんま話聞いてないな…と思ったりしていました。でも機会があって過去の経験を説明した後に、教えられる人が真剣に話を聞くようになったのを見て、ヒィーと思ったりしました。超バイアス!

私は能力低いザコい存在だし、過去の経験も運の良さによって恵まれたものだと思うのでバイアスによる評価やばい、と超思いました。
バイアスによる過大評価が続くと、私は「俺すごいのかも!!」と、ぜったい錯覚すると思う。ただ、そういった錯覚によって努力して、いつしか錯覚ではなく実力になることもあるのかもしれませんなー。

バイアスでの評価ではなく、ふつうに説得力あるぜ!という働きができないとだめだなーとつくづく思いました。

ぜんぜん別の話

若者と仕事の話をしている時に、本当は現在の仕事に不条理に感じつつも、反論できないでいるんだろうなーという瞬間があって憂鬱になる時があります。
私は空気読めないので「それは違うと思います」と先輩に言っちゃうタイプだったのでわからないのですが、世の中のほとんどの人は年上の言うことに反論しないの…かも…。
正しくないことを言って我慢させているとしたら、ちょうダメダメだなーと思って反省会を開きがちな昨今です。

ただよく考えてみると私が若い時に指導する人に反論できたのは、相手が反論を許容する態度だったからではないか?という気もしています。先輩が私が口ごたえしても話し合って次にやるべきことをすり合わせることができるスタンスだったからこそ、反論して納得、という流れになっていたのではないだろうか…。

いい人たちに育ててもらったし、自分はそこまで至ることができないとしても、まわりまわって恩返しすべく良い歳の取り方をせねばなーなどと思いました。まだまだですわ。