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人生日々すれ違い通信 season2

元バツイチが日々思う事を書いたりハンドメイドしたり買い物で散財したりするよ。

幸せなので5兆円欲しい日記

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matome.naver.jp
数日前にtwitterでバズってるのを読み流していたんですが、のちに共感や反論がヒートアップしていて「なるほど〜」といまさら感心。

幸せそうに見られたい、というか、たぶん自分なりに幸せなのにガタガタいうやつを殴りに行こうか的な話なんだろうなーと思いました。雑誌の中身は殴りに行こうぜって結論だったかわからないのですが、そういう認識をした人が少なくなかった印象があります。

生きている中で確かに「なんで恋愛しないの?」みたいな話を人に振って怒らせるシーンを見ることあります。ただ同じセリフであっても嫌な感じに取られない状況もあるので、単純に言った人の好感度が低くて怒らせているのではないか…という気も…する…。

自分の話で言うとモテない期に恋愛の話をふられたり、今も子供をなぜ持たないのかって聞かれたら「こういう事情なんすわ〜」とふつうに言えるのですが、なんで算数できないの?とか言われたら間違い無くキレる。人によって弱点は違うのです。

弱点の多様性の話

近年語っているテーマとして、早起きが苦にならない人は寝坊する人のことを理解できないよ問題があります。なぜちゃんとしないのか…!!と寝坊派は早起き派をイラっとさせがちですが、実は寝坊派は不眠症で朝5時半まで起きていて息も絶え絶えとか、家に病気の猫がいて毎朝点滴のために動物病院に通っているという可能性もゼロではない…とか考えると寝坊を責めてもな…という気になってくる。

特別な事情がなかったとしても、人によって我慢できること・できないことは全く違うのでしゃーないんだなーと私は考えるようになってきました。そういう風に感じるのは、自分自身がいろいろあったからだと思います。
そう考えていても、他人の痛みや悩みをぜんぶ理解できてはいないし無神経なことしちゃってると思う。むずかしい。

自己肯定の話

幸せそうに見られたい、の話に戻ると、確かに明確に幸せに見られたい!という欲求がある人はいると思います。そして逆に「幸せそうに見られたいと思っていると思われたくない」という派閥もいる。
他人が幸せそうかどうかって、みんなそんなに興味ないし気にしなくていいのではないか…と思ったりするけれど、そういう人自身が他人の幸せ・不幸せに敏感だからそう思っちゃうのか…?とか謎。

あと、幸せであることを他人から評価されると安心できるよ派もいると思うので、ダイバーイティ!もう全部ダイバーシティ!!

幸せに思われずともよいので、5兆円ほしい。