人生日々すれ違い通信 season2

元バツイチが日々思う事を書いたりハンドメイドしたり買い物で散財したりするよ。

他人の評価を気にせずに生きたいよ日記

子どもを持つ親はすごい。語句が貧困で説明しきれないのですが、とにかくすごい。偉い。

じゃあ子どもを持たない人は偉くないのか、と言われると困る。

また、働くこともえらい、と言われがちですが、働いてない人は偉くないのか?と考えると謎。

えらい、という言葉を使うとその行為をしていない人への不公平感がうっすら無くもないので、もっと他の言葉を使うべきなのかもしれないと考えています。

1分くらい考えたのですが、ブリリアント、あるいはファンタスティックというような言葉でリスペクトしていることを表現してはどうかなと。
「すごーい!」だと煽ってるの?みたいな感じになるかもしれないので、よくわかんない雰囲気単語でごまかす方向にしたら、他者を貶めることもなく解決かなと。自分の語句力を貶めている可能性はありますが。

働くってなんなのか問題

在宅フリーランスの人と話している時に、自分の仕事が家族に仕事と認められないよ問題について聞くことがあります。

それは稼いだ金額が問題なのか、外に出ないことが問題なのか、社会的に意義があると感じられていないことが問題なのか…と考えてみるとなかなか深い。

私が家でハンドメイド品を作って売った場合それは仕事なのか?

貧しい子どもを救うために活動している無給の人は、それは仕事なのか?

家で介護や育児をする人は、仕事として扱われるのか?

…と考えていくと、外に出ている+お金を稼ぐという結果の組み合わせによって、社会的に働いていると評価される確率が高いかもしれないです。

育児や介護、または家事といった行為は他人に頼めばプロの仕事として金銭が発生するものなので、仕事という存在では?と個人的には思いますが。

認められたいということ

そもそも、他人がある事柄を仕事として認めようが認めまいがさほど自分の人生に影響を与えません。

ただ、自分ががんばっている仕事を認められなかったら「こちとら頑張ってるのに何だその言い方はよォ〜!」と私ならオラオラテンションになります。(ただしネット弁慶なのでその場では心の中で吠えるにとどめ、のちにtwitterなどで100回くらい悪態をつきます)

どんな大学を卒業したかとか、どんな仕事をしているかとか、どんな所に住んでいるかとか、いくら年収があるかとか、周りの人に直接メリットデメリットが発生しない属性ってあります。

そういう属性が人間にとって意外と大事なんだろうなーと考えたりしています。
他者から見られる自分を形成する属性をないがしろにすることができないというか。

自分を自分で認められれば、他者から認められないことをつらく感じたりしないのに、社会からどう評価されるかを気にしてしまうことってやだな〜と思っています。仕事の評価面談とか無能なのでいつも半ギレです。すご〜いって言ってくれていいよ!カモン!

マズローの社会的承認で考えると、他者からの承認を得るためにひとは努力したりもするので、人間は大きな枠で進化を続けるために他者からの評価を気にして努力するようにできているのかもしれない。

ただ、他者からの評価を気にする状態って人によって程度の差が激しい気がしています。何によってその差が出るのかな?と考えると面白い。

そこの差は、評価してくる相手にもよるかもしれないです。自分ならもっとちゃんとした仕事しなよ!ってモブ市民に言われても気にしないですが、故スティーブジョブス氏に言われたら「はいっ!気をつけましゅ!」ってショック受ける気もするので…。
どういう人を評価の対象とするか?とか。人類全員!とかだと、だいぶ多方面の評価が気になると思う。

まとめ

気軽に他者の努力をすご〜い!ブリリアント!ファンタスティック!って褒めていきたい。

私のこともスキあらば褒めて頂いて大丈夫です。すごい江戸の農民感あるファッションだね!とか…。

褒められ慣れていないので、実際にポジティブな評価を貰うと煽られているのかもしれない…と疑心暗鬼ですが。情緒不安定でめんどくさいやつだよ!!