人生日々すれ違い通信 season2

元バツイチが日々思う事を書いたりハンドメイドしたり買い物で散財したりするよ。

かわいそうだと思われたくない日記

前回書いたが、膝をブレイクしている。今年は様々な事件が発生していて、次は膝!おまえか!みたいな気持ちで面白くなってきている。今年の私もわりと哀れなのではないだろうか。

と、病院の帰り道に考えていて、下記のはてな匿名ダイアリーを思い出した。

最近よく聞かれる悩みを書いた内容ではあるのだが「かわいそうだと思われたくない」という表現にハッとさせられた。

助けて欲しいが哀れまれるとつらい、というのは言語化しにくい感覚な気がしている。

哀れまれたくない気持ち、共感できる。そもそも、かわいそうなので五億円渡す、くらいの気概が言う側に欲しい。
五億円あれば問題を完全解決とはいかずとも、一般市民ならそこそこ金額のでかさに面白くなって楽しさが得られるはずだ。渡す側もダメージが大きいので、軽い気持ちでかわいそうとは言えない。憐れむか否か、熟考する様になるのではないだろうか。

かわいそうだと思われたくない3つの心理

考えてみると、かわいそうと思われたくない気持ちには自分は3パターンある気がしてきた。

  1. 問題を解決できず困っている人間だと見られたくない(シャキッとした自分でいたい)
  2. 相手のことを自分より格下に認識していて、そいつに言われたくない
  3. 5億円欲しい

全ての答えが出た気がする。

上記のエントリに関してはさらに加えて

  • 私は平気だよ(おまえの我慢強さは聞いてねぇ的な)
  • うちはこういう環境なので困ってない(他人の自慢?)
  • こうすればいいんじゃないの?(助言)

を言われる可能性もあり、それも余裕がない精神状態においてはムカつく感じになる気がしている。ここでも黙って五億円の出番だ。

自分が嫌だった「かわいそう」とか

小学生の時に父親を病気で亡くしたが、親戚が「かわいそう」と言うのはいいが、こうしたらよかったのにと言い出すのには辟易した。やれることは全部やったに決まってるだろ、と。あと、もう死んでるから手遅れだ。

ただ、幼い子供を持った父親が亡くなるというのはわりと窮地であり、親戚も絶望的な状況すぎてコメントできることがあまりなかったのかもしれない…と最近は思う様になった。

私も子育てをしていないので、子育ての悩みを人から聞いても、ろくな事が言えない。経験がなく理解できないが、大変そうなので何か言わねば!という迷走の末のコメントだったのかもしれない。

共通の問題を抱えている当事者どうしでも、価値観の違い、ストレスを感じる部分の違うでわかりあえないほうが多いのではないかと思う。難しい。

 自分自身の理想像

私も「こう見られたい」という自分自身の理想像があり、IQ600に見られたい。
何を言っても相手が勝手に深く受け取ってくれるとラクなので、天才っぽく見られるような振る舞いを常に考えているものの、メガネとビーカー以外の小道具がまだ思いついていない。

現実的には私のIQは600ではないし、膝の骨も外れそうだからかわいそうだよ!ごっおくえん!ごっおくえん!場内に響き渡る五億円コール。アリーナ〜!!!